2008.06.02.Mon / 16:34
2008年4月17日午前8時 丸兎が永眠しました。
我が家で唯一の癒し系、丸兎くん。
今までありがとう。
まるの、まつ毛だけが黒くてくりくりの瞳は、いつだって綺麗に輝いていました。
まるが子供の頃は気づかなかったけど、大きくなるにつれて変わっていった左右で違う目の色。左右で表情が違って見えて、とても魅力的でした。
小さな口で、たくさん水を飲むのを見ると癒されました。
人一倍、人見知りで甘えん坊で神経質で優しい丸兎。
まるがいなくなって気づいた事があるよ。
毎日、ご飯をあげるときに、今日は食べるかな、全部食べられるかなっていつも心のどこかで心配してた。
仕事してる時も、まる元気にしてるかなって思ってた。
牧草と、水の減りが半分以下になった。
この7年間、二人揃っての外泊をしなかったのは「うさぎ」じゃなくて「まる」が心配だったからだった。
腸にいいって書いてあるうさぎのおやつを見かけると、とりあえず買ってたのはまるのためだった。
足の裏の毛が薄いから、まるの部屋にだけ足たこ防止マットをひいていたね。
人間の子供だったら、ひいきだっ!て他のコに言われるくらい、病弱なまるの心配ばかりしていたよ。
まる、これからは虹の橋で美兎ちゃんの面倒見てあげてね。
ミミには甘えていいんだからね。
それから、うー兄ちゃんとうららちゃんの事も見守っていてね。
まるが今、お腹が痛くなくて、おいしいご飯を食べているのなら、それでいい。
凶悪なお兄ちゃんと凶暴な妹に挟まれて、大変な事もあったと思うけど、幸せそうに2匹に寄りかかって寝ていたまるが、大好き。

***************
更新遅くなってごめんなさい。これを書き始めるのに3週間かかった。
視界が良く見えなくなって、続きが書けなくて、また数日あけて続きを書くけど、10行書けなかった。
もう大丈夫と思いながら書くけど、また泣いてしまう。
でも私の中で想い出を綴るのはけじめなので、書ききりました。
そういえばミミの想い出の文章書いたとき、ミミが亡くなって10年以上経つのに泣いたなぁ
これからは、うさぎのらくがきとか、思い出の写真とかをマイペースに淡々と載せていこうかと思ってます。
たまに思い出したネタがあったら、今までみたいに書くこともあると思います。
またよろしくお願いします。
亡くなる前、3ヶ月ほどは、腸の薬と食欲増進剤が常に家にある状態でした。
2月に7歳になり、元々腸や腎臓など、臓器の弱い丸兎は、体力が落ちはじめていたのだと思います。
1・2歳の頃は、年に3〜4回ほどは食欲がなくなり、病院へ通いました。
2歳のときに、私が実家に帰っている時、旦那の友達が遊びに来ていて「知らない人が同じ部屋にいる」それだけの事が、丸兎にとってはストレスで、ハゲを作りました。
3・4歳の頃は、体力もつき、病気をしなくなって、とても嬉しかったです。
5歳の時、斜頚になりました。早期発見ができたので、強制給餌と薬で1週間ほどで完治しました。
6歳の時、腎臓の数値が許容範囲の3倍にまであがりました。強制給餌と薬、水を大量に飲む事で2週間ほどで完治しました。
7歳を目前にして、週に2回ほどのペースで食欲がなくなることがでてきました。
それでも薬を飲み終わると2秒とたたずにペレットを食べたりしていたので、きっと大丈夫。よくなる。と思っていました。
普段は元気なのですが、週に2回ほど、ペレットを食べ終わるのに10分〜20分かかることがあるようになりました。
何度か病院へ連れて行き、注射をしてもらったり。
亡くなる2日前には血液検査もしてもらいましたが、心配していた腎臓等も正常値でした。
4月17日深夜3時まで、お腹を揉み、休憩をとりつつ丸兎のペースにあわせて薬と給餌をしていましたが、私の左腕に寄りかかるようにしてボゥっとしていました。
調子がよくなさそうなので、翌朝また病院へ連れて行くことにして、小屋に戻し、仮眠をとりました。
朝8時に起きると、もう横たわっていました。
触ると、まだ暖かかったです。


我が家で唯一の癒し系、丸兎くん。
今までありがとう。
まるの、まつ毛だけが黒くてくりくりの瞳は、いつだって綺麗に輝いていました。
まるが子供の頃は気づかなかったけど、大きくなるにつれて変わっていった左右で違う目の色。左右で表情が違って見えて、とても魅力的でした。
小さな口で、たくさん水を飲むのを見ると癒されました。
人一倍、人見知りで甘えん坊で神経質で優しい丸兎。
まるがいなくなって気づいた事があるよ。
毎日、ご飯をあげるときに、今日は食べるかな、全部食べられるかなっていつも心のどこかで心配してた。
仕事してる時も、まる元気にしてるかなって思ってた。
牧草と、水の減りが半分以下になった。
この7年間、二人揃っての外泊をしなかったのは「うさぎ」じゃなくて「まる」が心配だったからだった。
腸にいいって書いてあるうさぎのおやつを見かけると、とりあえず買ってたのはまるのためだった。
足の裏の毛が薄いから、まるの部屋にだけ足たこ防止マットをひいていたね。
人間の子供だったら、ひいきだっ!て他のコに言われるくらい、病弱なまるの心配ばかりしていたよ。
まる、これからは虹の橋で美兎ちゃんの面倒見てあげてね。
ミミには甘えていいんだからね。
それから、うー兄ちゃんとうららちゃんの事も見守っていてね。
まるが今、お腹が痛くなくて、おいしいご飯を食べているのなら、それでいい。
凶悪なお兄ちゃんと凶暴な妹に挟まれて、大変な事もあったと思うけど、幸せそうに2匹に寄りかかって寝ていたまるが、大好き。

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更新遅くなってごめんなさい。これを書き始めるのに3週間かかった。
視界が良く見えなくなって、続きが書けなくて、また数日あけて続きを書くけど、10行書けなかった。
もう大丈夫と思いながら書くけど、また泣いてしまう。
でも私の中で想い出を綴るのはけじめなので、書ききりました。
そういえばミミの想い出の文章書いたとき、ミミが亡くなって10年以上経つのに泣いたなぁ
これからは、うさぎのらくがきとか、思い出の写真とかをマイペースに淡々と載せていこうかと思ってます。
たまに思い出したネタがあったら、今までみたいに書くこともあると思います。
またよろしくお願いします。
亡くなる前、3ヶ月ほどは、腸の薬と食欲増進剤が常に家にある状態でした。
2月に7歳になり、元々腸や腎臓など、臓器の弱い丸兎は、体力が落ちはじめていたのだと思います。
1・2歳の頃は、年に3〜4回ほどは食欲がなくなり、病院へ通いました。
2歳のときに、私が実家に帰っている時、旦那の友達が遊びに来ていて「知らない人が同じ部屋にいる」それだけの事が、丸兎にとってはストレスで、ハゲを作りました。
3・4歳の頃は、体力もつき、病気をしなくなって、とても嬉しかったです。
5歳の時、斜頚になりました。早期発見ができたので、強制給餌と薬で1週間ほどで完治しました。
6歳の時、腎臓の数値が許容範囲の3倍にまであがりました。強制給餌と薬、水を大量に飲む事で2週間ほどで完治しました。
7歳を目前にして、週に2回ほどのペースで食欲がなくなることがでてきました。
それでも薬を飲み終わると2秒とたたずにペレットを食べたりしていたので、きっと大丈夫。よくなる。と思っていました。
普段は元気なのですが、週に2回ほど、ペレットを食べ終わるのに10分〜20分かかることがあるようになりました。
何度か病院へ連れて行き、注射をしてもらったり。
亡くなる2日前には血液検査もしてもらいましたが、心配していた腎臓等も正常値でした。
4月17日深夜3時まで、お腹を揉み、休憩をとりつつ丸兎のペースにあわせて薬と給餌をしていましたが、私の左腕に寄りかかるようにしてボゥっとしていました。
調子がよくなさそうなので、翌朝また病院へ連れて行くことにして、小屋に戻し、仮眠をとりました。
朝8時に起きると、もう横たわっていました。
触ると、まだ暖かかったです。


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